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2016年01月28日
2015年12月18日 「断捨離」提唱者 やましたひでこ氏講演要旨
◎引き算の美学―断捨離で日々是ごきげんに生きる智恵―
「断捨離」とは何か? そのイメージを問いかけると、おおかたは、冷たく厳しく感じるか、あるいは、ひたすら捨てるものという言葉がかえってくる。断捨離とは、三つの漢字「断・捨・離」でできあがっている。この漢字は、すべて「引き算」を意味する。つまり、断捨離とは、引き寄せるのでなく手放していくこと。引き算の視点で思考し、引き算の行動を促し、引き算の解決法を見出すことだ。
もしも、今、私たちが、健康が損なわれていて不自然な状態に陥っているとしたら、その根本原因は過剰か不足か。食べ物で考えると、この中にいま食べ物が不足して栄養失調の人はいないはず。食べ過ぎてメタボリック・シンドロームになっている人はいるかもしれないですが。なんであれ、私たちが損なわれた状態にあるとき、その原因が、不足か過剰か、根本を見極める必要がある。過剰であるならば足し算では解決しない。不足は認識しやすいが、多過ぎることはなかなか気付きづらい。だとしたら、過剰で損なわれていることに視点を戻そうということだ。
断捨離は、おうおうにして、捨てる系の片づけ術と理解されているようだ。それは決して間違いではないが、片づけに悩んでいる人にとっても引き算がとてもよく機能する。
ところで、この中に片づけが好きな人はいるだろうか。私たちは、片づけを嫌うが、決して、片づいていない、つまり、散らかった空間を好んでいるわけではない。片づけてもはかどらない。やっと片づけたと思ったら、すぐ散らかってしまうという無間地獄に陥っている。片づけに悩むことになった根本原因は何か? <物が多過ぎる>そう、私たちは過剰な物にさらされている。それはいまの社会状況と相似現象のように家の中にも展開している。しまうべき空間からはみ出し、あふれ出している。それで片づけても片づかない。物があふれかえっているので、引き算の解決法である「断捨離」を機能させることを提案している。
まず、物が多過ぎるということを解決しなくてはならない。それを解決するにはもう少し思考を進める必要がある。物は何に対して多すぎるのか? 第一は、収納スペースに対して物が多過ぎる。言い換えると、自分が持っている空間に対して物が多過ぎる。あと2つ。物を片付けるために何が必要か? <時間>そう、時間がかかる。もう一つは? 人間が持つエネルギー・労力。つまり、私たちは、自分がもっている、時間、空間、エネルギー以上に、モノを抱え込んでいるということ。ところで、言うまでもなく、時間、空間、エネルギーは限られている。そうすると物の多さに対して、時間も空間もエネルギーも足りなくなる。時間が足りなくなると「忙しい」となり、空間が足りなくうなると「狭い」、エネルギーを消耗すると「疲れた」となる。
いまの若い皆さんは私たちの世代ほど物を持っていないという人もいる。最近の若い人は物を持っていない。物にこだわりがないとも言われる。ところが若い人たちは頭の中に溜め込んでいるものがある。取り入れ続けている。それはスマホからもたらされる情報。それで時間を取られ、消耗している。それで頭の中の空間をいっぱいにしている。物でないだけに意識しづらい過剰状態に陥っている。情報の方が偉そうな顔をしている。いるか、いらないかを判断していかなくてはならない。頭の中がパンパンということは、溜め込んでいるだけで処理していない。物を取り込むのも情報を取り込むのも同じだ。過剰なストレス下にあるとの現状を認識していく必要がある。
これを解決するには引き算の行動が必要。あらゆる所に物と情報があふれているのだから。行動に入る前には、着眼点、着手点、着地点を決める必要がある。私たちは着地点を想定するのは得意だが、どこから始めたらよいか、つまり、着手点を見出すのが苦手な人が多い。着手点が分からない。断捨離はどこに着眼したら着手できるかを重要視する。それも、引き算しながら見つけていくのがわかりやすい。着地点に向かうことへのブレーキ、マイナス要素に着眼して、それを取り除いていくことに着手していくのです。
さて、生きていくうえで一番大事なものは何か?<食事>では、その大事なものを取り入れる姿勢は? 考え抜いて食事しているか?<おカネ>必要だが、最上位概念ではない可能性が強い。食事にはご飯と水も含まれるとして、それ以上に必要なものは? 生きていくうえで一番大事なものは空気、つまり呼吸が大事。どういうときの呼吸が一番よい呼吸か。笑っているときが一番です。ストレスがたまって、散らかった状態では呼吸が浅い。満員電車で深呼吸する人はいない。ゆとりのある空間だからこそ、いい呼吸ができる。これが動物的に生きていくために一番大事なこと。そのための空間づくり、環境づくりを、断捨離は過剰なモノを引き算することによってしていくものなのです。
そして、生きていくには実は選択・決断が大事です。人生にはたくさんの選択・決断がある。この大学に入るか、何を学ぶかなど、就職、職業、結婚もすべて選択・決断です。ところが、大きな選択・決断をする前に、小さな選択・決断を放棄している。家の中に物があふれているのが選択・決断を放棄している証拠だ。いるか、いらないかを考えていない。言われたことに従うだけでも自分の選択・決断だが、どこに座るかが選択・決断だ。私たちは選択・決断を放棄している。何となく取っている。それでは何の思考もしていない。感覚・感性を動員していない。
ところが引き算をするとなると状況が変わる。取り入れるとき、足し算ならリスクが少ないが、引き算となるとリスクが高い。自分の思考・感覚・感性を総動員して選び抜くことをする。減らしていく、捨てていくときには自分にとってふさわしい情報選びができる。それをせずに、とりあえず取っておくと、取ってある物に対して意識が向かず、新しい本や物を取り入れる。自分の空間・エネルギーを考えて、適度な量にまで絞り込み、選び抜くためには思考・感覚・感性を使わなくてはいけない。実は捨てる作業は選択・決断を自分の手に取り戻すことになる。
私たちは、他人から「何々しなさい」と言われてやるのは誰も喜ばないが、逆に自分で選んで決めるのは命をご機嫌にする。思考・感覚・感性を使って決断したら新しい道が開ける。人に言われるだけでは生き生きした人生はない。若い人は自分で考えて選択と決断をしなくてはならない。そのためのトレーニングとして自分の机の中の物に向かい合うこと。物を通して自分に問いかけてみる。心地よいか、心地よくないかを問いかけてみる。思考・感覚・感性を動員して向かい合っていくのです。
もう一つは空間から見てみる。何が過剰か不足かを常に見極めるというスタイルだ。空間にはすべて定員がある。その理由は何か。過剰、定員オーバーだと安全も快適も損なうことになる。反対に定員が守られていると、安全、快適は担保される。そして、時間や自分のエネルギーにも定員があることを理解すること。定員オーバーになると私たちは誰でも不機嫌になるもの。定員を守り安全と快適を招き入れご機嫌となる。机や部屋が定員オーバーになっていないか、見定める。見極めて捨てていく必要がある。人間関係の過剰も見定める必要がある。問い直さずにスマホを握り締めているのは、物の過剰と同じ。
自分で考え、自分で感じ、自分で行動していく。断捨離とは、あらゆる過剰を取り除きながら、思考、感覚、感性を取戻し、磨き抜き、自身の選択・決断の力を高めていくこと。なぜなら、それが、自分の道を生きていく道であるから。それを目指すのであるならば、まずは、家の中、頭の中の定員オーバーに気づくことから始めるのです。
(文責・井芹)
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12.18 | やました ひでこ (「断捨離」提唱者) | 引き算の美学 ~断捨離で日々是ごきげんに生きる智恵~ |
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