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2016年01月07日
2015年12月5日 元朝日新聞社編集委員 国正武重氏講演要旨
◎日本の政治の現状と18歳選挙権
18歳選挙権について分かりやすく説明したい。施行は2016年6月19日。参院選から適用される。約240万人が新たな有権者となる。選挙権年齢の変更は1945年以来、70年ぶり。地方選も対象となる。18歳以上の選挙運動も認められるが、選挙違反をすると裁判にかけられる。国民投票法も改正されて18歳以上に引き下げられた際の付則に基づき改正された。民法や少年法の適用年齢についても国会で討議される。
この18歳選挙権をどう捉えればいいか。佐々木毅元東大総長は「世間では冷やかな反応があるが、有権者全体が自己点検する良い機会だ」と指摘している。佐々木氏はこの制度の意義として、①若者に長く大人として活動してもらうため選挙権を差し出したものだ、②政治教育が敬遠されてきたのを転換する、③新有権者集団の果たす役割がかなり期待できる―の3点を指摘している。18歳の人は前の世代の言うことを気にせず、新しい問題提起をして選挙権を行使してほしいと言われている。この流れが政治への関心を高める方向に行けば良いと思う。
若い人が投票権を得たとき、どこに目線を置いて臨むべきか。一つは「政治とカネ」の問題。伊東正義さんが「表紙を変えても中身を変えなければだめだ」と言ったのは1989年のリクルート事件のときだ。金丸信自民党副総裁が5億円の裏金をもらった事件のあと自民党が惨敗して自民党単独政権が崩壊し、それまでの「政治は力」「力はカネ」という田中角栄的政治が崩壊した。安倍晋三政権でも「政治とカネ」の問題がある。第2次内閣では小渕優子経済産業大臣が辞め、江渡聡徳防衛大臣の再任ができなかった。西川公也農林水産大臣も辞任した。第3次内閣でも高木毅復興大臣の問題がある。政党助成金が1995年に生まれた。将来、企業団体からの献金をなくすとしていた。この20年間で6311億円も支出されたが、最近発表された企業団体献金は増加が顕著だ。こういう矛盾を若い人はきちっと見据えておく必要がある。
リクルート事件のとき、政治記者OBが「日本は政治という頭から崩れる」と言った。これはイギリス政治の腐敗を見てジョナサン・スウィフトが言った言葉だが、日本では現総理、元総理に総理候補まで関わったのを嘆いた。「秘書がやったこと」では通用しない。このとき福田赳夫元総理に会って「自民党単独政権はいつまで持ちますか」と聞いたことがある。福田さんは「これでは日本の政治はガラが来る」と言われた。ガラとは相場用語で、1929年の大恐慌の時の株価暴落を指す。言われた通り、細川護煕非自民党政権ができ、宮沢喜一さんが「最後の自民党首相」となった。ことほどさように政治とカネの問題が続いてきた。尊い一票を投じるときに頭に置いてもらいたい。
第二に、政党や政治家のウソを見抜くこと。選挙になったとき格好いい美辞麗句を並び立てるが、そこにウソがあるのではないかと思うことが大事だ。2012年の秋、文化勲章を受けた山田洋次さんは『男はつらいよ=フーテンの寅さん』の映画監督をした。山田さんは、寅さんの口調を借りて「政治家はウソを言っちゃおしまいよ」と言っている。中曽根康弘首相が1986年7月の衆参同日選挙の際、売上税導入をめぐって「私がウソをつく人に見えますか」とテレビで大見得を切っていたのを見て驚き、かつ薄気味悪くなったと書いている。ウソを言わないというのは、自分がウソつきだと告白しているようなものだ。国会でウソを言ってはならないと書いていた。
私の長い政治記者生活のなかで胸に刻み込まれた話をしておきたい。俳優として初めて文化勲章をもらった森繁久彌さんが日本記者クラブで、「新聞記者にもピンからキリまであるという話をうかがっている」と冗談を言った後、あるとき藤原釜足というベテラン俳優に「役者のコツを教えてください」と聞いたら、「何もない」と言われたが、森繁さんがしつこく聞いたら、最後に「役者のコツなんかないよ。役者はピンとキリを知っていればいい。真ん中は誰でもやれる」と言った。その話を踏まえて、森繁さんは「皆さんもいきなりピンを狙うのでなく、キリから一つずつ積み重ねてピンを目指してください」と話された。脇役がいて主役が引き立つ。これは18歳選挙権に絡む私の雑談です。
どうしても言っておきたいことは、安倍さんは「戦後レジームからの脱却」ということで、集団的自衛権の憲法解釈を見直したが、憲法学者はみな「憲法違反」と言っている。それでも強行突破した。安倍政治の本質をえぐる漫画が毎日新聞に出た。麻生太郎さんの祖父・吉田茂元首相が安倍さんの祖父・岸信介元首相に対して「俺もアメリカを手玉に取ったが、お前の孫は大丈夫か」と言って、岸さんは「晋三が......」と何も言わないという漫画。吉田は軽武装・経済主義で、アメリカの言いなりにはならなかったが、安倍さんの路線は対米従属過ぎると、その漫画は言いたかったようだ。
安倍政権は2012年総選挙と2013年参院選で圧勝してから内政、外交両面で強引な政治が目立つようになった。「憲法解釈の最高責任者は私だ」と言って集団的自衛権の憲法解釈を変更した。終戦から続いた国是を180度転換するものだ。立憲主義を否定することにつながりかねない。それまでの自民党なら右、左に行き過ぎるとき歯止めをかける動きが出た。むかし池田勇人ら3人が警察官職務執行法案に反対して、岸首相に辞表を提出して抗議し、法案は廃案になり、岸タカ派路線が敗北したたように。昔は自民党内でブレーキがかかったが、今回はハト派ブロックの動きが鈍い。
日本がなぜ敗戦の道を歩んだかを分析していた政治家がいた。2007年に亡くなった宮沢喜一氏だ。晩年の宮沢さんは最後になって「第2次大戦敗戦の決定的な誤りが侵されたのか、何十年も調べてきたが、今日まで答えは見つかっていないが、侵略戦争に反対し続けた米内光政元首相が『日本は魔性の歴史に引きずられた』と言ったのを知った。軍部という病魔に襲われて活力を奪われた。自由というのはある日突然なくなるのでなく、徐々に失われていく。皆さんも将来、自由が制限される兆候を監視する必要がある」と言われた。私も最近の状況が再び魔性に引きずられて自由が侵されかねない風潮があると感じている。
私は昭和20年の終戦の年、小学生だった。子供たちは「予科練に行って国のために死にます」と異口同音に言っていた。先生は「一億玉砕しても米国と戦う」とも言っていた。いま政治の風潮は、若い人が国会前の大衆行動するなかで「いずれ徴兵制の下で...」という声が聞かれた。政権側は「100%ない」として抑えようとしているが、18歳選挙権を持った皆さんが一抹の不安を持ってもおかしくない。戦後70年、一人の命も戦場で失っていないという、この憲法下での歩みをもう一度振り返り、学んでほしい。これが、戦争を経験した私が言っておきたかったことです。
(文責・井芹)
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(敬称略)