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2015年10月30日
2015年10月9日 新潮社『考える人』編集長 河野通和氏講演要旨
◎雑誌編集の現場から
雑誌の仕事の面白さを話す。雑誌とは何か。千差万別、ありとあらゆる種類の雑誌がある。むかし本屋さんに入ると、店頭には雑誌があった。総合誌、女性誌、スポーツ、サッカー、ラグビー、相撲、ペット、旅行などいろんな種類の雑誌がある。共通しているのは毎月とか毎週とか定期的に出ていることや、その雑誌にふさわしいテーマを特集し、そのジャンルに興味を持っている人に役立つ特集を載せることだ。
私は、そうしたなかで総合雑誌と付き合ってきた。『中央公論』。この雑誌ができたのは明治時代の約130年前。明治の人が近代日本になる手掛かりとした雑誌です。『婦人公論』(の編集長)もやったが、これは大正時代に生まれた。当時は男性中心の世の中だったが、女性の人生、女性の問題を考えようという雑誌だ。
私自身、高校、中学校の頃はそういう雑誌を読んでいたわけではない。高校時代はサッカーばかりやっていて、あまり本を読まなかった。ただ世の中に知らないことが多くあって、世の中でいろんな問題あることは気になっていた。最近のニュースで言うと、安全保障法制や3・11東日本大震災による福島原子力発電所の事故があり、これらについてもっと知りたいという人がデモをした。今回、(安保法により)海外で自衛隊が積極的に行動し、アメリカと一緒に行動することで自衛隊が戦争に巻き込まれるのではないかと心配する人がいた。もっと説明して欲しい人がデモをした。私の高校時代も、ベトナム戦争や大学紛争があり、公害問題が弱いところに出てきた。熊本では水俣病が起きる。新潟水俣病や四日市ぜんそくという問題も噴き出した。そういう問題がどうなっているのか、頭の片隅で気になっていた。
高校生のころクラスに小説を熱心に読んで「面白い」という同級生がいたが、借りて読むと活字が小さいのですぐ眠くなる。大学生になって、人の話を聞いたり本を読んでみたら面白いと思った。そのころ社会の問題がくすぶり続ける。大学に入った年に、沖縄の本土復帰があった。それまでドルが使われていたのが、円が使われるようになる。沖縄はそれまで例外的な場所だったのに、日本に戻って来たというので、沖縄に旅行した。米軍基地を見たり、沖縄の人と話をして、日本にもいろんな人がいることがわかった。皆さんもこれから違う世界に出て行って、そういう違う人々と付き合うことになる。考えの違う人の話をきちんと聞く必要がある。そういうことをずうっと考えているのが雑誌であり、私としても一生懸命、勉強して行くのが仕事だと思い、雑誌編集者の仕事に就いた。
小説などいろんなものが詰まっているのが総合雑誌。きょう(10月9日)の新聞に『文芸春秋』の広告が出ている。この一冊に今の日本でどういうことが取り上げられているかがわかる。教育論が取り上げられている。日本でノーベル賞級の科学者、文学者が生まれている基本は教育によるところが大きい。「大学は実用的な勉強だけでいい、教養や文化を学ぶ必要はない」と今の政府が考えているようだが、そうだろうかということが問題になっている。英語をしゃべれるかという問題もある。海外で仕事をするのに英語を話せないといけないというが、英語だけ学んで、この教養講座でやるように、一般的な知識や教養を学ばないでいいのかというのが問題になっている。学生時代に、自分の好きなこと、何をするかを見つけるのは本当に難しい。若いときにいろんな選択肢があった方がいい。自分を目覚ましてくれるような出会いの場も、実用的なものだけではできない。英語の勉強も最後には自分の中に語るべきものがあるかどうかが問題になる。スキルと同時に、いろんな経験を積んでいなくてはならない。そうなると大学に文科系はいらないという話にはならないはずだ。
いま『考える人』の編集をやっていて、考える人をたくさん作りたいと思って、この雑誌を作っている。今号のテーマは「宇宙」。植松電機の植松努さんのように自分の夢を追いかけた人を取り上げている。『考える人』は編集方針として plain living and high thinking を掲げ、「つつましい暮らし」と「思いは高く」「志は高く」それをand でつないでいる。18世紀、ロマン派の詩人ワーズワースの言葉にあったのを「シンプルな暮らしと自分の頭で考える力」と意訳して使っている。自分にとって何が、一番価値があるのか、自分に合った生活を見つけようというのがplain living 。もう一つ high thinking は自分で道を切り開き、情報があふれている中で自分の立ち位置を決めていくために必要だ。
SEALD's の若者たちが今までと違うのは、誘い合ったりサークルでデモに参加するのでなく、自分で考えてデモに行った人たちだということ。中心人物の奥田愛基さんは離島の中学を出て、島根の小さな高校に留学した面白い青年だ。彼が言った「一人ひとりが自身のことを代表して、孤独に思考して判断して行動する。それさえ忘れなかったら、この運動は続くと思います」というのはとても大事な言葉だ。18歳以上の若い人も投票権を持つ。国会で叫んだり乱闘したりしている人にすべて任せっきりでいいのか。デモした人は「主役は自分たちだ」という考えだ。
雑誌の仕事は何が面白いか。学校では社会科というのがあるが、大人になったら社会科はどう学ぶのか。自分で学ぶしかない。雑誌を作りながら世の中の社会科を勉強できる。その点で雑誌編集者になってよかったなと感じている。編集という仕事はあらゆることに通じる。「編む」というのはつなげたり、関係づけたりして化学反応を起こさせることだ。人と人のきずな、連携を作るのが編集という仕事だ。番組を作るのも編集だし、皆さんが何かイベントをやるとき、「これは誰にやってもらおう」と考えるのも編集だ。そういう意味で編集は世の中のいろんなことの基本につながっているので、雑誌の編集を通じて日々考えていることを話した。
(文責・井芹)
平成27年度後期 崇城大学教養講座 日程表 | ||
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9.25 | 山川 烈 (崇城大学副学長) | グローカル時代を悔いなく生きるために |
10.2 | 森脇 裕之 (多摩美術大学准教授) | テクノロジーに触発されるアートとさまざまな分野への応用※中止となりました |
10.9 | 河野 通和 (新潮社『考える人』 編集長) | 雑誌編集の現場から |
10.16 | 上塚 尚考(東陽村石匠館館長) | 肥後 熊本の目鑑橋 |
10.23 | 神 太郎 (タレント) | 医食同源にみる先人の知恵 |
10.30 | ハラール・ハウゴー (デンマーク伝統音楽家) | 魅力のデンマーク伝統音楽 |
11.13 | 神田 陽子 (講談師・崇城大学客員教授) | 伝統話芸 「講談」 入門 ~コミュニケーション力を高めるコツとは~ |
11.20 | 原 麻里子 (アナウンサー・社会人類学者) | イギリス留学の薦め ~ケンブリッジ大学で学んだこと~ |
11.27 | 枝廣 淳子 (環境ジャーナリスト) | レジリエンス ~折れない心・暮らし・地域・社会~とは何か |
12.4 | 国正 武重 (元朝日新聞編集委員) | 日本の政治の現状と18歳選挙権 |
12.11 | 齊木 崇人 (神戸芸術工科大学学長) | ガーデンシティの実験 |
12.18 | やました ひでこ (「断捨離」提唱者) | 引き算の美学 ~断捨離で日々是ごきげんに生きる智恵~ |
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(敬称略)