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2015年07月07日
2015年6月26日 大阪医科大学客員教授・NPO法人地方再興・個別化医療支援理事長 石川智久氏講演要旨
◎ 遺伝子研究の最前線:ヒトの大陸間移動の追跡から個別化医療の発展的応用
今日の私の講演はスティーブ・ジョブズの話から始めることにします。ジョブズは20世紀の革命児であり、アップル社を設立して、我々の社会生活を大きく変えた人物である。キーボードを使わずにパソコンやタブレットを動かせるようにした彼のアイデアはすごいチャレンジである。このような斬新なアイデアをなぜ日本人が出せなかったのか?その理由は、「パソコンはキーボードを使って動かすものだ」という固定観念に日本人は縛られ過ぎているからだ。固定観念を打ち破る勇気と度胸が必要であり、そのようなイノベーションを実現しないと日本の未来はないだろう。日本の若い人には固定観念を打ち破るエネルギーが必要だ。
ジョブズは、培った技術を社会で早く応用したという夢を持っていた。彼はオレゴン州のリード大学に入学したが、半年で中退した。その理由は、「両親が苦労して貯めた学費をつまらない講義に使うのは罪悪感を持つ」というものだった。中退した後も彼は、リード大学に潜り込んで哲学やカリグラフィーを勉強した。そのことが今のパソコンの中で生かされている。
ジョブズは社内闘争に負けて、自分が作った会社にもかかわらずアップル社から追放された。失意の底に一度は落ち込んだが、彼はピクサー社を作って、コンピュータグラフィック技術を用いた映画をディズニー社と共同で製作して、ビジネス的に大成功に導いた。合計11年間、彼はアップル社から退いていたが、アップル社がピクサー社を買収した際に、アップル社の取締役として復帰した。やがてアップル社のCEO(最高経営責任者)になってiPod、iPad、iPhoneという大ヒットを生み出した。
ジョブズの人生から学ぶことは何か?若い人に是非考えてもらいたい。固定観念を打ち破って社会を変える勇気を持つことが大きな業績につながる。それ以外にも、ジョブズの人生から学ぶことがいっぱいある。学歴ではなく、強い「人間力」を持つこともその1つである。人生のどん底からはい上がる強い「人間力」を彼は持っていたのである。社会を変えようという高い理想や夢を実現するには、具体的な計画と迅速な実行力、カリスマ的なリーダーシップが必要だ。彼の人生哲学のバックグラウンドには禅がある。しかし一方、彼には欠点もあった。それは他の人との協調性、日本で言う「和」が彼には欠損していた。彼には他に比類ない強い意志と実行力があったので、多くの人々が彼に追いついて来られなかったのだろう。
私は55歳で、9年間勤めた東京工業大学の教授を辞めて、2009年に理化学研究所に移った。私にとって、教授というポジションは人生のゴールではなく、私にとって単なる通過点でしかない。東京工業大学から理化学研究所に移るや否や、新型インフルエンザA/H1N1が世界大流行した。私は逆転写酵素反応と等温核酸増幅法を1つに統合した技術を開発して、RNAウイルスであるインフルエンザA/H1N1ウイルスを20分以内に高感度で迅速検出できる方法を開発した。そして厚生労働省の認可もとった。さらに理研で私は遺伝子多型を迅速に検出方法も開発した。その一つとして、肺癌患者の5年間生存率を予測する遺伝子検査方法を確立した。また抗癌剤の薬効や副作用を予測する遺伝子多型を測定する技術も確立して、臨床研究で検証した。やがて、それらの研究成果を基にして、それら新規技術を速やかに社会に応用したいと思って、2014年3月末で理研を退職した。そしてNPO法人「地域再興・個別化医療支援」を設立・登記して、高齢者の個別化医療を支援することに自分の残りの人生を賭けることにした。そして、私の故郷である愛媛県西条市に単身赴任してNPO法人の活動を開始したのである。
しかしながら、2014年7月に私の妻が卵巣癌の末期ステージ4と診断されて、神奈川県立癌センターに入院した。担当医師から、末期ステージ4の患者の5年間生存率は5~10%と言われた。もはや外科手術ができず、抗癌剤治療を始めることになった。通常のパクタキセルとカルボプラチンというTC療法に加えて、血管新生阻害抗体薬アバスチンも投与された。しなしながら、アバスチンの副作用のために、胃と下向結腸に直径1~3センチの穿孔があいて、腹膜炎を起こして危篤状態になった。腹腔に漏れ出た腸内細菌の増殖をとめるために、抗生物質の投与を開始した。細菌は耐性を獲得するので、次々と異なる抗生剤を投与しなくてはならず、多種類の抗生剤を投与することを4カ月以上繰り返した。そうして危篤状態からやっと脱することができた。そのとき、妻が「私の症例を個別化医療の発展に使ってください」と言った。これが私にとって忘れられない言葉となって脳裏に焼きついている。その後、合計4回抗癌剤投与も行った。そして癌と戦うべくリハビリにも懸命に取り組んだが、12月7日午前11時、心肺停止になった。医師と看護師の迅速な処置の甲斐があって、あくる8日には妻の意識が回復したが、10日の未明3時過ぎに、ついに心拍が停止した。死後に病理解剖したら、医師から「こんな状態で、車椅子に乗るリハビリをしていたとは信じられない」と言っていた。妻の生命力がすごかったことを改めて感じた。癌と立ち向かい希望を捨ててはいけない。家族だけで悩んではいけない。悩みを分かち合い、セカンド・オピニオンを聞くことが大事。薬は副作用があり、感受性に個人差がある。その個人差を我々はもっとよく理解して、個別化医療に生かさなくてはならない。
日本社会においては歴史的に類を見ない少子高齢化が進行して、2025年には全人口の35%以上を65歳以上の高齢者が占めることになると推測されている。関東や関西などの大都市圏には地方の若者が吸引されることにより、地方において高齢化がますます加速されている。その結果、先祖代々受け継がれてきた耕作地の多くが農家の高齢化のために放棄されている現状がある。さらに高齢者においては、脳血管疾患、虚血性心疾患、癌、糖尿病、骨粗鬆症などの生活習慣病の患者数が増加しており、地方における経済力と健全な生活基盤の低下は深刻な課題である。今こそ、地方の疲弊を防ぐために、地方の再興と高齢者医療の向上をめざした包括的な取り組みをスタートすることは焦眉の急である。
NPO法人の趣旨に賛同する多くの方々が皆心を合わせて、地方再興の新しい事業を推進し、そこで獲得した基盤を生かし、直面する問題に対して最先端の知見と技術を活かしつつ個別化医療に向けた地域医療ネットワークを実現する必要が或る。人間的絆が残っている人口数万人~10万人程度の小規模の地方をモデルとして、耕作放棄地を活用した農業と食品加工事業、ならびに国際交流・観光事業等に基づいて資金基盤を構築して、情報コミュニケーション技術(ICT)を活用した個別化医療ネットワークを実現する計画である。そして地域の人々とのネットワークを強化してNPO法人の理念とミッションを共有することによって、賛同する会員を増やし、地域の人材育成にも貢献しながら社会活動の拡大を図る計画である。
高齢者は数種類の薬を飲むので、薬に副作用リスクをなくすことが必要だ。例えば、脳梗塞や心筋梗塞の患者には動脈にステントを入れる場合がある。その際、ワルファリンなどの抗血液凝固剤を投入することになるが、その投与量は遺伝子多型の違いで変えなくてはいけない。アメリカのFDA(食品医薬品局)では投与する場合、遺伝子診断をするというガイドラインができているが、日本ではまだできていない。副作用に関係する遺伝子をタイプ分けすることが必要だ。私はその遺伝子情報をICカードに入れ、クラウドコンピューティング・システムを活用して、地震・津波などの災害による避難所においても利用できるようにしたい。
人の遺伝子は100%同じではない。例えば酒に強い人と弱い人は遺伝子の違いによる。アセトアルデヒドを分解する酵素活性を持たない人は、体内のアルデヒド濃度が上がって吐き気がしたり二日酔いになる。また、耳垢には乾燥型と湿潤型があり、人種で違いがある。アフリカ人や欧米人は湿潤型が多いのに対しアジア人では乾燥型が多い。日本において縄文人は湿潤型だったが、弥生人は乾燥型だった。人の遺伝子の多様性は、15万年前から始まった人類の大陸間移動に起因するのである。このように人類の遺伝子のSNP(一塩基多型)には民族差および個人差があるので、薬の副作用に関係する遺伝子のSNPを検出して、速やかに医療に応用することを私は目指している。
(文責・井芹)
平成27年度前期 崇城大学教養講座 日程表 | ||
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4.24 | 神田 陽子 (講談師・崇城大学客員教授) | 日本の話芸~講談「真田幸村 大阪入城」~ |
5.1 | 太田 章 (五輪銀メダリスト) | オリンピックにかける夢 |
5.8 | 橋本 五郎 (読売新聞東京本社特別編集員) | 政治は本当は面白い |
5.15 | 三遊亭 歌之介 (落語家) | 出会いから学んだこと |
5.22 | 澤岡 昭 (大同大学学長) | 国際宇宙ステーションと活躍する日本人飛行士 |
5.29 | 村嶋 恒徳 (剣道七段・茗溪学園教諭) | 一剣士が伝えたいこと~剣の技と絵の心~ |
6.5 | 内田 亮子 (早稲田大学教授) | 暴走するヒト~からだ・心・言葉の進化を考える~ |
6.12 | 松元 崇 (元内閣府事務次官 第一生命経済研究所特別顧問) | 日本経済再生の方程式 |
6.19 | 大桃 美代子 (タレント) | 才能は地方で輝く!!~一次産業を生かすアイデア~ |
6.26 | 石川 智久 (大阪医科大学客員教授) | 遺伝子研究の最前線 |
7.3 | 宇都宮 健児 (前日本弁護士連合会会長) | 私の弁護士人生 |
7.10 | 植松 努 (植松電機専務取締役) | 「思うは招く」~夢があればなんでもできる~ |
(敬称略)