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【講演レポート】教養講座「内田亮子氏」講演要旨
2015年06月25日
2015年6月5日 内田亮子講演要旨
◎ 暴走するヒト~からだ・心・言葉の進化を考える~
生物学的に進化とは変化です。形質の、世代を越えた累積的変化であって、進歩や複雑化と同義ではありません。その変化には環境への適応と環境とは無関係の変化の両方が含まれます。また、生物は同時に多くの課題に直面しているので、進化の結果は妥協や不都合なこともたくさんあります。ヒトは進化の産物であり、人間をよりよく理解するためには、ヒト独特の特徴と他の動物との共通点の両方の進化を考えることが重要です。現代人は明らかに自然の営みから外れた生き方をしており、それは生物学的には「暴走」と言えます。どうしてこうなったのでしょう?
そもそも自然界でヒトはどういう存在でしょうか。全ての生命は共通の祖先から変化、つまり進化してきました。この進化論の提唱者であるダーウィンは、生命に序列をつけませんでした。ヒトは自然界の一部にすぎず、人間の中にも序列はない。したがって、彼の奴隷制への反対意見は論理的に導き出されたと考えられます。なお、ダーウィンと同じ誕生日(1809年2月12日)のリンカーンも、奴隷制の廃止と「全ての人の平等」を訴えました。しかし、彼のアメリカ原住民にキリスト教への改宗を迫った政策からもわかるように、リンカーンの「全て」の人はすべてではなかったのです。アメリカでは現在でも約半数の国民が人間の進化を事実として認めていません。現代人にとってダーウィンの科学的人間観はとても重要だと思います。
近年世界各地に信奉者がいるインテリジェント・デザイン説は、進化を適切に理解しないことが、誤った人間観につながるという典型的な例です。この説は現代版の創造説で、「人間があまりにも見事に美しくできている」と考え、したがって超自然的デザイナーの存在なしに誕生を説明できない、と唱えます。エンジニアは設計図から新しいものを完璧に作り上げますが、進化は既にある物(=遺伝的変異)をいじくって変化することです。したがって、前述したように進化の産物は、不具合や妥協がいっぱいです。人間の盲点がその代表例です。インテリジェント・デザイン説は前提が間違っているのです。
創造主を想定しない現代生物学は、多様な生命が共存する自然界で、生物が勝手に変化しているとは考えません。ヴァン・ヴェーレンが提唱した「赤の女王仮説」は、生物間の競争についての説です。ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する赤の女王は、アリスに「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」と言います。生物は常に、捕食者や病気などと進化的軍拡競争状態にあり、それらに対処するために変化し続けなければならない。その様子はまさに赤の女王の台詞のとおりなのです。常に繰り広げられる軍拡競争、実は、これが自然界の制御システムでもあるのです。つまり、特定の生物が他の生物を置き去りにして、単独で突っ走ることはできないのです。みんなが手をつないで変化しながら走っている状態です。ところが、ヒトは進化の過程で他の生物を振り切って、「暴走」し始めてしまったようです。どうしてでしょうか。人類の特徴から考えてみましょう。
人類の定義は直立二足歩行する類人猿で、その起源は700万年前。20種以上がアフリカで共存していましたが、約20万年前に登場したホモ・サピエンスだけが生き残りました。人間の主な特徴としては、直立して手が器用になり、子供期が他の霊長類に比べ長くなったことや、言語を得てより高度な社会性と複雑な文化を創造したことなどがあげられます。これらの特徴は、相互に深く関連していると考えられます。
人間の器用さは左右の手で異なります。利き手があるということは、身体そして脳の使い方に左右の差があるということです。言語は主に脳の左半球で処理されるので、器用な利き手は言語の出現と無関係ではないようです。さらに、言語を含め様々なことを学習し社会性を身につけるためには子供の期間が長いほうがよい。また、学習を効果的にするには、模倣が重要です。「猿真似」とは、真似ばかりする様子を見下した言い方ですが、実は人間の方がサルより模倣が得意だし、しかも過剰に真似します。チンパンジーにもヤシの種を石や木で割るなどいろいろな文化的行動があります。ですが、手の器用さとともに過剰な模倣の習性は人間が文化を蓄積するのに非常に重要だったと考えられます。文化を蓄積することができたからこそ、人間は文明を築く事ができたのです。
では、言語には他の動物のコミュニケーションと比べてどのような特別な能力が必要なのでしょうか。いろいろあげられる中で、言語独特の構造(併合)を作る能力とシンボル的思考、これらの進化過程が注目されているので、ごく簡単に説明します。言語の構造は学習によって獲得されるという見方もあります。ですが、近年の生物言語学では、言語創発前の物体を組み合わせる認知能力とその動作、たとえば道具の要素を組み合わせて使ったり作ったりするという行動が関係しているという仮説を検討しています。また、シンボル的思考は、他の動物のコミュニケーションにはない「サインとそれが指し示す対象物の独特の関係性」に必須な認知機能と考えられています。このシンボル思考によって、人間は多様な事象・現象の情報処理にあたりグループ分けをし、それにラベルを付けて記憶するのです。
こうして、ヒトは立ち上がった後、他の動物と異なるからだと心の進化を遂げました。そして文化を蓄積して環境を変え創造し、その結果として他の動物を置き去りにして暴走するようになったのです。ただし、人間が先へ先へと突っ走ることができてしまう心身や文化・技術の領域と、そうでもない領域があるようです。
たとえば、職人の手の器用さはコンマ数ミリまで見分ける匠の技まで到達できます。エジソンが言ったように人間は常に不満であり、さらに未来という概念があるため、どんどん改良・向上を目指すようです。いろいろな技術も「より早く、より高く、より精巧に、より便利に」と日進月歩です。
多くの先進国で問題となっている肥満はどうでしょう。自然界の動物には食べ過ぎるという環境がないため、食欲の制御機構は進化しませんでした。しかし、人間は身体を動かすことなく容易に食物を手に入れることを可能にしました。その結果が肥満という暴走です。なお、人間以外の動物にも、餌を過剰に与え運動をさせないと肥満になります。現代社会の疫病とまでいわれる肥満ですが、簡単にやせられる薬の開発という暴走はまだありません。
言語の特徴であるシンボル思考も人間の暴走を促進しました。そのおかげで、人間は「身内」の認識を、動物本来の血縁や互恵性にもとづく関係性から、「何かを共有する集団」に拡大させることができます。思想や宗教あるいは国籍を共有する集団もあれば、アイドルの応援団まで、極めて多様で大規模な「身内」の認識は人間の特徴です。大勢の新しい身内との協力や感情的に強い絆は、他の動物には見られません。一方で、自分が属する集団とそうでない集団との区別とそれにもとづく闘争は、チンパンジーにもみられる傾向であり、明らかに進化の過程で獲得した遺産です。地球上で紛争や戦争が絶え間なく繰り返されているのは、人間が未だ地球人全てを「身内」とは考えられないからです。宇宙にまで進出した人間ですが、心の暴走には限界があるようです。
このように人間のからだ、心、言葉そして文化を進化的に検討することは、現在の人間と人間社会の理解、さらには未来の人間像の考察にもつながると思います。
(文責・井芹)
| 平成27年度前期 崇城大学教養講座 日程表 | ||
|---|---|---|
| 4.24 | 神田 陽子 (講談師・崇城大学客員教授) | 日本の話芸~講談「真田幸村 大阪入城」~ |
| 5.1 | 太田 章 (五輪銀メダリスト) | オリンピックにかける夢 |
| 5.8 | 橋本 五郎 (読売新聞東京本社特別編集員) | 政治は本当は面白い |
| 5.15 | 三遊亭 歌之介 (落語家) | 出会いから学んだこと |
| 5.22 | 澤岡 昭 (大同大学学長) | 国際宇宙ステーションと活躍する日本人飛行士 |
| 5.29 | 村嶋 恒徳 (剣道七段・茗溪学園教諭) | 一剣士が伝えたいこと~剣の技と絵の心~ |
| 6.5 | 内田 亮子 (早稲田大学教授) | 暴走するヒト~からだ・心・言葉の進化を考える~ |
| 6.12 | 松元 崇 (元内閣府事務次官 第一生命経済研究所特別顧問) | 日本経済再生の方程式 |
| 6.19 | 大桃 美代子 (タレント) | 才能は地方で輝く!!~一次産業を生かすアイデア~ |
| 6.26 | 石川 智久 (大阪医科大学客員教授) | 遺伝子研究の最前線 |
| 7.3 | 宇都宮 健児 (前日本弁護士連合会会長) | 私の弁護士人生 |
| 7.10 | 植松 努 (植松電機専務取締役) | 「思うは招く」~夢があればなんでもできる~ |
(敬称略)