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【講演レポート】教養講座「飯田敏博氏」講演要旨

2017年01月18日

2016年12月9日 鹿児島国際大学副学長 飯田敏博氏講演要旨
◎カフェ・シーンから学ぶ映画と文学


カフェは私にとって、元々は本を読むための空間であった。鹿児島に赴任した若き日には、1年間で200軒を回ったこともある。最近は、読書よりも自家焙煎コーヒー屋の店主たちと、コーヒー談義をすることの方が多い。
『七人の侍』で有名な黒澤明監督の映画の中で、きょうは2作品を取り上げる。『生きる』(1952)は作家 井上ひさしが「日本映画ベスト100」の3位に選ぶ映画である。『生きる』は仕事に身が入らず、"ミイラ"のあだ名がつくほど精気のない市役所の課長が胃ガンを宣告され、余生を公園造りに捧げる話。ワンフロアに数十人入るカフェの2階で、主人公(志村喬)が、元部下の若い女性の「物を作るのは楽しいの。課長さんも何か作ってみたら?」という言葉に啓示を受け、小公園の造成に全力を尽くす。カフェが人生のターニングポイントの場所となっている。

デートするとき、我々の時代は喫茶店が重要な場所であった。井上ひさしが日本映画ベスト101位に選んだ黒澤監督『素晴らしき日曜日』(1947)では、若い二人がベーカリーに入ってコーヒー(1杯5円)とお菓子(5円)を頼むのだが、「目薬みたいにミルクをたらしただけのコーヒー」で勘定書にはミルク・コーヒー(1杯10円)となっていた。怒りから、若いカップルは良心的な喫茶店「ヒヤシンス」を作ろうと熱く語る。バックにはタンゴの名曲「小さな喫茶店」がかかる。
吉村公三郎監督の『夜の河』(1956)に出てきたのが、京都の老舗「イノダコーヒー」である。日本映画の全盛期1950年代の映画のせいか予算もあったようで、店のセットは実際の寸法を測って造られたとか。店の雰囲気がよく出ていた。

私が育った名古屋も、喫茶店文化が栄える街だ。喫茶店を居間や応接間代わりに使う。「モーニング・サービス」ではコーヒー1杯の料金で、トースト、卵、サラダが付くのは当たり前。茶碗蒸し、だし巻き卵、うどんまで付く店もある。私は父と弟と朝、喫茶店でモーニング・コーヒーを飲みながら「今日はどこの喫茶店に行こうか」と相談していたことがある。弟が「これ、おかしくない」と言った時、親子が顔を見合わせた。喫茶店にいる自覚がない(笑)。

山田洋次監督『男はつらいよ』シリーズの中では、第8作『寅次郎恋歌』(1971)で池内淳子が、名古屋によくあるような小さな喫茶店で、サイフォンでコーヒーを淹れていた。第20作『寅次郎頑張れ』(1977)では、寅さんが青年(中村雅俊)にデートの場として喫茶店の使い方を教える。一瞬「ルノワール」が映る。第37作『幸福の青い鳥』(1986)では、絵を描いている長淵剛が淹れるコーヒーはペーパードリップ。
ウィーン・ロケの第41作『寅次郎の心の旅路』(1989)では、ウィンナコーヒー(アインシュペンナー)が出てくる。第44作『寅次郎の告白』(1991)で満男(吉岡秀隆)が好きな泉ちゃん(後藤久美子)と銀座の喫茶店に入る。第48作『寅次郎紅の花』(1996)で、妹さくら(倍賞千恵子)の家でもペーパードリップでコーヒーを淹れるようになっているのがわかる。登場人物の個性と時代が、映画に映し出されている。

日本のコーヒー通は、ペーパードリップよりネル・ドリップを評価する。確かにネルで淹れるとコクが出る。吉祥寺の「もか」の店主がドイツに行った時、ある町の住民たちがコーヒー通で評判だと聞き、車で2時間かけて行ったら、ペーパードリップで淹れていただけなのでがっかりした、という話を聞いたことがある。イタリアの気候にはエスプレッソが合うが、日本ではネル・ドリップで淹れるのが合っていると、多くの「こだわり店主」は語る。
先日、「天草でコーヒーを楽しむ会」で対談したフリーライターの小坂章子さんは『九州喫茶散歩』や『福岡喫茶散歩』を書き、後者は韓国語に翻訳されている。1軒を30分くらいの取材で執筆するライターもいるが、彼女の喫茶店行脚は1軒につき4~5時間はかける。「コーヒー店で注文の仕方がわからないときは、一番安いブレンドコーヒーを注文するとよい」と彼女はアドバイスする。同感である。
宮崎の高鍋町に、自家焙煎の「エルザ」という店がある。グアテマラやモカのストレートコーヒーもおいしかったが、地元の人がよく飲むブレンドコーヒーに、お店の50年の歴史を感じた。ブレンドの中に、80歳の店主のコーヒーへの想いと技術が生きているのだ。
私はコーヒー店に入る前に7~8割方、コーヒーの味のレベルが分かる。ドアを開けたら9割方分かる。コーヒー好きは同じ想いを持っているのではないか。

降旗康男監督の『冬の華』(1978)は、高倉健主演で、名曲喫茶「コンチェルト」が出てくる。昔はクラシックやジャズなどの音楽が流れる喫茶店が多かった。
荻上直子監督の『かもめ食堂』(2005)はヘルシンキが舞台。カフェ映画の良作だ。『かもめ食堂』とロブ・ライナー監督の『最高の人生の見つけ方』(2007)では、1杯3,000円とも言われるコーヒー「コピ・ルアック」が重要な役割を果たす。「コピ・ルアック」とはインドネシアでジャコウネコが排泄したコーヒー豆を集めて作られたコーヒーのことである。
ヤン・ヨンヒ監督の『かぞくのくに』(2012)は、重いテーマを扱う。25年ぶりに北朝鮮から一時帰国した長男と、その家族の話。「アイビー」という喫茶店は工場跡を利用したセットだが、雰囲気がよく出ていた。映画としてもインパクトが強い。
三島有紀子監督の『しあわせのパン』(2012)辺りから、ネル・ドリップでコーヒーを淹れる場面がよく映画に出てくる。『さいはてにて~やさしい香りをまちながら~』(2014)では、永作博美がコーヒーの焙煎をしているところが様になっている。
ブランドン・ローバー監督の『A Film About Coffee』(2014)。人気のサード・ウェーブ・コーヒーの店「ブルー・ボトル」の創設者は、日本の喫茶店に大いに刺激を受けたとか。今のコーヒー業界の流れが一度に分かる映画だ。

次は文学作品に出てくるコーヒーについて。
石川達三の『蒼茫(そうぼう)』(初版は1951年)は、第1回芥川賞作品。ブラジルに渡ろうとしている移民の話だが、行ってみたらブラジルのコーヒーは生産過剰で値が下がっていて、賃金も下がっている厳しい時だった。移民の苦悩や不安が分かる小説である。
北杜夫の『輝ける碧き空の下で』(単行本初版は1982年)は、ブラジルへの第1回移民たちの話。日本人がコーヒーを飲んだのは、江戸時代に長崎の出島で飲んだのが初めてだと言われるが、最初はこんなに苦いものは飲めなかったろう。動物は苦いものは飲まないが、人間はコーヒーの中にストーリーを感じて飲む。知的な動物だから飲むので、コーヒーは文化的な飲み物と言われる所以である。この小説では、日本からの移民が、最初は移民収容所でコーヒーとパンを配られて「こんな苦いものは飲めない」と顔をしかめたが、しばらくすると必需品になった様子が描かれている。コーヒーの実と交ざったごみを空中に投げ上げ、ごみは風に飛ばし、コーヒーの実を篩(ふるい)で受けるという場面が小説の中に出てくる。移民が最初、苦労をした作業である。私は神戸にあるUCCコーヒー博物館で動画を見ていたので、その作業がよく理解できた。コーヒーについて詳しくなるので、皆さんも一度コーヒー博物館を訪れてみるとよい。

自家焙煎で九州で一番有名なのが、コーヒー店「珈琲美美(びみ)」。そのマスター森光宗男さんが、一昨日(7日)訪問先の韓国で亡くなった。マスターが「コーヒーを注ぐときに神経を集中していると、店の前の横断歩道を渡ってくるお客さんの顔が見える」と言ったことがある。それが信じられるほど、コーヒーに命を懸けたマスターだった。惜しい。
獅子文六の『可否道』(1962年~63年に新聞連載)は、昭和30年代のテレビ草創期の話。女性タレントと、彼女と同棲するコーヒー好きの美術係の男が登場する。小説には、コーヒーに狂信的に打ち込む男が出るだけでなく、男女の嫉妬心とコーヒー抽出を結びつけた描写がある、極めてユニークな作品である。文章のリズムもいい。獅子文六は北杜夫同様、もっと評価されてよい。

このようにコーヒーという飲み物は、さまざまな想いを喚起する飲み物であり、カフェもまた数々の出会いをもたらす魅力的な空間である。皆さんもコーヒーを飲み、カフェを大いに利用してもらいたい。私はバーナード・ショーというイギリスの劇作家を研究している。だから、そのテーマで60分話すことは難しくはない。しかし、趣味のコーヒーやカフェをテーマに話すことは最初、容易ではなかった。皆さんも得意な分野を60分間、聴衆に話をすると仮定して準備すれば、よりポジティブに生きられるかもしれない。
(文責・井芹)


飯田敏博氏.jpg



平成28年度後期 崇城大学教養講座 日程表
9.23 山川 烈 (崇城大学副学長) グローカル時代を悔いなく生きるために
9.30 川﨑 博 (ホテル日航熊本社長) 二つの仕事を体験して思うこと
10.7 神田 陽子 (講談師・崇城大学各員教授) 講談と遊ぶ・学ぶ(まねぶ)
10.14 上村 春樹 (講道館長) 指導者の役割
10.21 山下 泰雄 (通潤酒造(株)社長) KPPと一緒にブルーオーシャンへ~造酒屋の冒険~
10.28 姜尚中 (政治学者・熊本県立劇場館長) 大学で学ぶべきこと
11.2 阿部 富士子 (造形作家・扇研究家) 知られざる「扇」の世界
11.11 ナヌーク (グリーンランド音楽グループ) 氷と雪に閉ざされた極北の大地グリーンランド
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12.16 米澤 房朝 ((株)ヨネザワ代表取締役社長) 夢は必ず実現する

(敬称略)