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【講演レポート】教養講座「姜尚中氏」講演要旨

2016年11月28日

2016年10月28日 政治学者・熊本県立劇場館長 姜尚中氏講演要旨
◎大学で学ぶべきこと

前震のあった4月14日午後9時26分、ホテルキャッスルの10階にいた。よく東京駅の高層ホテル33階に泊まるので、「自分も終わりかな」と感じたが、熊本にいると思い直し、非常階段を下りた。翌日は東京理科大学の最初の講義の日だったので、福岡まで4時間かけてタクシーを飛ばして空路帰郷したので、15日には家に帰った。16日にもう一度起きるとは思いもしなかった。実は前日の13日までは神戸にいて阪神淡路大震災を取材していた。その前は東日本大震災のあった南三陸町と島原普賢岳を訪ねた。天災・震災について新聞に連載するための取材をしている時に私自身が被災した。

明治29(1896)年4月13日、夏目漱石が上熊本(当時・池田駅)に降り立った。その7年前の明治22(1889)年に熊本大地震があり、熊本城が崩落し、かなりの人が亡くなっている。この地震は遠い遠いところでキャッチされた初めての地震でもあった。それはドイツのポツダム。ポツダム宣言でも知られるポツダムでこの地震が記録された。100年ちょっと前の地震があったことが伝わっていなかった。益城町に行くと重い瓦は凶器に変わる。もし伝わっていて地震を想定していれば状況は違っていたのではないか。

地震が起きると社会を支えるインフラである住宅、道路、橋、鉄道、通信体系など一切合財がすべて危機に陥る。ある種の例外状況だ。そういうときは文科系・理科系という専門分野を越えて、すべての知を動員し統合して地震以後の危機に対応していかなければならない。そこでリベラル・アーツすなわち教養があらためて問われてくる。

それに立ち向かった先達に寺田寅彦という人がいる。漱石の『三四郎』に出てくる「野々宮さん」のモデルだ。岩波文庫にある『寺田寅彦随筆集』は名エッセー集。読んでみてください。1923年に関東大震災があった後に『天災と国防』を書いた。「天災は社会が発達していない未開社会で起きたときは大したことはないが、文明が発達し科学とテクノロジーが進んだ所で起きると、それは大きな人災と化す」としている。東京都港区は日本で一番豊かな場所で、10%は外国人で大使館やグローバル企業の本社があるが、万が一、港区で直下型地震が起きたらどうなるか考えざるを得ない。寺田寅彦が言ったように、科学と文明が発達した社会は自然災害にもろい。fragileだ。学問・知識は文明を進める力だ。「知は力なり」と考えるなら、自然に抗う力を科学と文明によって推し進めてきたが、文明社会は未開社会より自然災害がひどくなる。

原子力発電も続けるか否か、意見は分かれるが、人間が作り出すものにどういう考えを持つべきか、一人ひとりが考えるべきことだ。
福島原発の中に入った。SF映画のような光景にびっくりした。先端的なエネルギーや学問が結晶した施策が、荒涼たる風景に変わることは言葉では到底言い尽くせない。リスクを避けようとして作ったシステムがまた新しいリスクを生んでいる。
10数メートルの津波が来るとか、明治22年の熊本地震のことが伝承されていれば、もっと亡くなる人も少なかったかもしれない。単なるデータでなく身体や感性にビルトインされたものを暗黙知と言うが、そのような知識が重要だ。システム化されたものだけでは教養ではない。もっと広いものが暗黙知だ。

震災に似た事態は戦争だ。震災は、殺し合いはないが、人が死んだり、家屋が全壊したり、生活が根底から覆される。こういうときも教養がかかわってくる。1912年、国際連盟の依頼を受けて宇宙を解明したアインシュタインが、「無意識」という心の宇宙を解明したフロイトに手紙を書いて「人間はどうして戦争をするのでしょうか」という素朴な質問をした。それに対するフロイトの答えは「人間は戦争をしないことが不自然だ」というものだった。ふつうは「人間は殺してはならない」と言ったりするが、フロイトはそういう「不自然さ」を作り出したのが文化・文明だと指摘した。放っておけば殺し合い、死へ向かう欲動があるが、他方、生へ向かう欲動もある。フロイトは人類がそういう文明を作ったとするならば、人を殺さなくてもいい文明もまた作り出すことが可能と考えた。教養は、物の見方をひっくり返すことによって、広い視野からとらえ直すことができる。これもある意味で教養知だ。よく教養として物知りとか、英語をしゃべれるとかが言われる。プレゼンテーション能力とかグローバル人材とも言われるが、アインシュタインやフロイトが求めた教養人はこれとは違って、人間の本性と密接不可分の人間の知にかかわっている。

人間が広く物を知ろうとするときに4つのポイントがある。
一つは適応。皆さんなぜこの大学で学ぶのか、工学部で何を学ぶのか。社会に出たときも適応していかなければならない。適応するときに知識が大きな武器になる。
第二にもっと重要なことは、知ることによって内省的、反省的になることだ。ラジオ番組をやっているが、そこに中学生から手紙が来て「今度の地震が起きて初めて水が出て、電気がつく普通の生活がいかに良かったか分かった」と書いていた。小中学生でも反省する能力がある。今までと同じことでは適応できないことが分かったのは、地震のためだ。重い瓦を乗せた家を作る人はいなくなるだろう。
人間には内省力がある。もっと言うとtwice born(二度生まれ)。これまでの自分が大きく変わる。ぜひDVDで『ショーシャンクの空の下』を見てください。刑務所で何十年と暮らした人が「18歳の自分に『なんてばかなことをしたんだ』と言ってやりたい」というシーンがある。これが重要だ。地震に遭ってライフスタイル、生き方を変えようとする人がいる。夏目漱石が『虞美人草』で「悲劇は喜劇より偉大だ」と書いた意味は深い。恋人と一緒にいる人は二人だけの世界で、周りのことは気にならない。不幸を通して人間はより良く、より深く考える。悲劇を通じて内政的な力を得る。これまでと違う自分に脱皮できるきっかけを得る。これもまた重要な教養的知の中に入る。

三番目、克服していくこと。困難なことに適応し、適応不全に陥ったときは反省して内省し、さらに克服していくことだ。日本の若者は韓国や米国の若者に比べて現状に対しては肯定的だが、10年後の日本に対しては希望を持っていない。可処分所得が少なくても親と同居することで暮らしていける。それでは克服する力、生きる力がなかなか鍛えられない。東京の大学にはほとんどが首都圏から来ている。遠い大学を選ばない。私自身はどうしても東京に出たいと思い、家出するように東京に行き、東京の大学に行ったから、長い距離を横断した。皆さんは物理的な移動が少なくなっている。グローバル時代が来ているが、自分は移動していないという現実がある。
それを克服するとは2つの意味がある。まず空間的に越境する。borderを越える。新しい異質なものと出会うことによって適応障害に対して内省し、克服し、自分の価値観が変わる。新しい時代に対応する力が得られる。
もう一つは時間的な越境だ。過去を知ること。震災もそうだが、過去の出来事を知ることが、今起きていることのヒントになる。文学を読むことは疑似体験を通じて学ぶことになるので、本を読まなければなりません。それが教養につながる。

最後に、本を読むという習慣が身についていない人がいるかもしれないが、ちょっとでもいいから読んでください。なぜ重要か。そもそも「教養」という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)するようになるのは、明治の後半、特に大正期だ。ドイツ語からだが、ベルリン大学を創設したフンボルトという人が医学や工学、化学を位置づけるとともに教養を「知の殿堂」と位置づけた。しかしこの知の殿堂で1933年、何が起きたか。何十万冊の本が焼かれた。秦始皇帝のとき焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)があったが、このときも人類の知恵のような本が全部焼き捨てられた。その大学の広場には「これは始まりに過ぎなかった。本を焼いた所では人間を焼くことになる」と書いた碑がある。本に象徴される教養を焼き払った後に、ユダヤ人がガス室で600万人焼かれた。
われわれは本に集約された教養の結晶を継承していかなければならない。教養は決してデコレーションでもないし、無駄なものでもない。自分にとって、とても大切な生きる力に通じる。震災後の熊本に生きていく力、やがて熊本以外に生活の根拠を求める場合でも、教養は大切なものです。 (文責・井芹)

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平成28年度後期 崇城大学教養講座 日程表
9.23 山川 烈 (崇城大学副学長) グローカル時代を悔いなく生きるために
9.30 川﨑 博 (ホテル日航熊本社長) 二つの仕事を体験して思うこと
10.7 神田 陽子 (講談師・崇城大学各員教授) 講談と遊ぶ・学ぶ(まねぶ)
10.14 上村 春樹 (講道館長) 指導者の役割
10.21 山下 泰雄 (通潤酒造(株)社長) KPPと一緒にブルーオーシャンへ~造酒屋の冒険~
10.28 姜尚中 (政治学者・熊本県立劇場館長) 大学で学ぶべきこと
11.2 阿部 富士子 (造形作家・扇研究家) 知られざる「扇」の世界
11.11 ナヌーク (グリーンランド音楽グループ) 氷と雪に閉ざされた極北の大地グリーンランド
11.18 佐藤 允彦 (ピアニスト・作曲家) コミュニケーション・ツールとしての音楽
11.25 辺 真一 (コリア・レポート編集長) 東アジア情勢をどう考えるか
12.2 バイマー ヤンジン (チベット声楽家) 私の見たチベットと日本
12.9 飯田 敏博 (鹿児島国際大学副学長) カフェ・シーンから学ぶ映画と文学
12.16 米澤 房朝 ((株)ヨネザワ代表取締役社長) 夢は必ず実現する

(敬称略)